ベストテンの黒歴史?

生放送だからしょうがない

ベストテンが凄い番組だった、リアルタイムでは見た事がない人でもこんな風に言われているのを耳したことがあると思います。それもそうです、始まって二回目からついに生放送で歌番組を行なうということになります。生歌重視だったこの頃は歌手としても緊張の一瞬だったことでしょう、今では口パクすることが当たり前とばかりに決まっているのでそう考えるとこの頃はもはや歌を歌うにしても実力のある人でなければ出演をする事は躊躇ったのかもしれません。ですがこの番組をきっかけにして今でも現役で活動している芸能人もいるため、当時からすればこの番組に出演してランクインするということはそれだけ売れていることを証明できるという意味で、花形的な番組として扱われることになるのはもはやいうこともないでしょう。そんな番組で司会を担当していた久米さんもこの頃はアナウンサーとしてはまさに絶好調だったに違いありませんね。

ではそんなベストテンの歴史の中で個人的にこんな事があったのかと紹介されている記事から気になったものを取り上げていきます。

1979年 
視聴率が35.8%を記録し、さらに西城秀樹の『YOUNG MAN』が番組内におけるランキング点数最高の『9,999点』を獲得し、年末には放送100回を記録することになる
初回こそ出だしをくじいたように見られる番組でしたが、その後の奇跡としては当時の人気どころだった山口百恵や西城秀樹といった歌手が出演したことで視聴率もうなぎのぼりとなり、この年に視聴率35.8%という数字を記録することになります。また西城秀樹の楽曲である『YOUNG MAN』が番組史上最高得点を記録するなどの快挙を見せることになる。それだけ支持を集めていた曲だった事もあると思いますが、その後年末まで余裕で番組は継続することとなって無事に放送100回目を迎えることになります。
1980年 
山口百恵さんが引退する年、今か今かと待っていた松田聖子さんが表の世に出ることになる年です。また竹内まりやさんがコンサート会場からの生中継による出演で登場した際には、ベストテンランクイン1,000曲目という記録を達成したことにより、スタッフが贈り物をしたいと提案したところ、竹内さんは会場においてある公衆電話に自身の写真を飾って欲しいと要望し、コンサート会場に贈呈されると数年間ファンの間で懇意に使用されることとなる名物品となったのです。ちなみにこの時の視聴率は36.3%を記録することになります
伝説のアイドルと名高い山口百恵さんが引退することになる年、この年は現在でもアイドルとして活躍している松田聖子さんが登場した年となっています。松田聖子さんは山口百恵さんが引退する最後の番組出演時に一度だけ共演を果たすことになり、この瞬間時代のアイドルとしてのバトンを松田聖子さんに託された瞬間でもあります。竹内まりやさんがこの番組に出演していたというのも驚きです、私の中ではこの人もメディアには全く登場しないことを信条にしていると見えていたのですが、やはり探してみると出てくるものですね。そういう意味でもこのベストテンという番組がどれだけ凄い歴史的な瞬間を生放送で放送していたのかを理解できます。
1981年 
最高視聴率が41.9%まで上昇することになる年ですが、この年には諸事情によって休養をとっていた久米宏さんが復帰を果たすことになります。また同年には200回放送記念を祝して、年末にはそれを祝うパーティーが開かれると、かつて出演した事がある歌手たちが大集合することになる
はいっ、先ほども少しお話したと思いますがこの頃久米さんが休みを取っていたのです、半ば強制的に禊を兼ねた謹慎期間だと思っていいでしょう。それまでは退社したTBSから独立してフリーで活躍をしていこうとしたたかさや先に出てしまった不倫騒動の影響で順風満帆にはいかなった久米さんは、世間から逃げるようにしてひっそりとその身を匿っていたのかもしれません。軽くお話しましたが、あくまでこれは久米さんが自分で招いたことなので誰が悪いという問題ではないことを追記しておきます。
1982年
から始まったその年にさよならを告げる特番『さよなら19○○、ザ・ベストテン豪華版』が3年間放送されることになります。
傍から見れば最終回を迎えることになった、と勘違いしそうですがよくある終わる終わる詐欺ですね。しかも次の年でも平然と利用しているので、よほど受けが良かったのかもしれません。それでもまぁ日本人からしても年末年始は非常に世間一般的なものの見方で考えてもおめでたいものですから、それだけ名残深いものなのかもしれません。

こんな放送中のハプニングも

生放送番組なんてものは決まって手順どおりにうまくいくはずがない、そんなことを思わず述べてしまいそうなハプニングを連発することになってしまうのも特徴となっていますが、ベストテンでも久米さんが司会を担当していたときまでフォーカスしても色々と起きています。

歌手の松山千春さんが出演した際、スピーチで尺を使ってしまって、山口百恵さんの歌唱時間がなくなるといったハプニングを呼んでしまい、他の出演者の不快感を換気してしまう
ベテランならではのお決まりパターンなのかもしれません、ついつい話が長くなってしまうのも生放送で流行ってはいけないことの一つですが、この時はプロデューサーが松山千春という歌手が物凄いベテランだということを認識してくれと頼みこむことでことを押さえることに成功しましたが、正直納得しなかった人も中にはいるのではないでしょうか。
歌っている曲に対して手拍子をするのは変として、最初からやり直すことに
1980年に長渕剛さんが出演した際に、歌っていた曲が失恋の歌にも関わらず手拍子をしているので音楽仲間達に『失恋の歌だから手拍子はしないでくれ』といって演奏を初めからやり直すことになりました。よくよく考えたら、確かに明るい歌でもないのに手拍子をするのはおかしいですね。おまけに内容を考えても、失恋してよかったねぇ~っと思わせるかもしれないので、これはある意味では正しい行動と取れるかもしれません。ただテレビ的には冷や汗ものだったでしょうが。
歌唱中にハプニング発生、でもそこはプロ根性?
生放送での生歌は非常に大変です、その中でも中森明菜さんが出演した際には風邪気味で声が出にくいこともあって歌唱中に歌えなくなってしまって涙ぐんでしまったこともあります。また1984年に杏里さんが歌唱中に、番組に出演していたチンパンジーが彼女の手をひっ叩く行動に出てしまい、これに対して笑いを堪えきれずに歌えなくなってしまうこともあります。動物相手なら仕方ないですね。
また吉幾三さんが出演した際には歌詞をド忘れしてしまって会場は大爆笑してしまい。やり直しの際には黒柳さんはどういうわけか日本酒を飲んで一発とばかりに仕切りなおすと、故郷の事を思い出して号泣してしまうという明らかにお酒の提供の仕方が間違っていませんかと突っ込みたくなる展開を呼び寄せてしまったのです。生放送だから仕方ないのですが、途中で歌えなくなるのも体調の問題だったり、動物が妨害してきたり、飲酒してしまって一人勝手に泣き出してしまう視聴者が半ば置いてけぼりにされてしまう展開もこの番組ではある意味名物となっていきました。