久米宏の代表作はこれ!

ザ・ベストテン

久米さんのちょっとした黒歴史を紹介しましたが、そんな黒歴史が暴かれることになる直前に実はTBS勤務時にとある超有名な伝説番組の司会を請け負うことになるのです。それは70年代末期から80年代末期までの10年間放送をしていた音楽番組『ザ・ベストテン』の初代司会へと任命されることになります。懐かしいと感じる人もいると思いますが、私個人としてはこちらの番組はどこかでオマージュしたような番組を見ただけでして、リアルタイムで放送されているときにようやく人間として誕生したばかりだったためこんな番組があるなど知る由もありませんでした。それに加えて父親が大の芸能人嫌いのため、こうした番組を見るというのはほとんどなかったのも影響しています。

久米さんがTBSにいるときのアナウンサーとして活躍していたことを考えると、これはある意味では大抜擢であって自らの成功を決めることになる作品になった事は間違いないでしょう。よくメディアなどで紹介されている番組詳細を聴くところによると、この番組で発表されることになるレコード売上ランキングを紹介する形式をとっていました。この頃はまだ売上ランキングをオリコンで見るという習慣が大衆にはなかったので、この番組内で紹介されるランキングで上位にランクインしている曲ほどヒットしているという認識をもたれるようになるのです。オリコン自体はその頃から誕生していたことは分かりますが、オリコンが定着するまではこの番組発表されるとそれだけ有名になっているというアーティストにとっては一つの指針だったということです。

そんなアーティストとしてもランクインすることを目標にした番組だったために、当時は山口百恵を筆頭にした当時の有名歌手やアイドルなどがこぞってこの番組に出演することを目指したのは言うまでもないでしょう。ランクインすることを目標にして頑張る、これは後にオリコンというランクインを意識した考えに遠因として与える事になるのは確実でしょう。そんな番組にメイン司会の一人、そしてベストテンといえばおなじみの黒柳徹子さんとの共同作業で番組を盛り上げていくことになります。

ザ・ベストテンの歴史

そんなベストテンの歴史を調べてみると、番組自体がスタートすることになるのは1978年となっています。そもそもこのベストテンを放送するきっかけになったのは前番組にて放送していた『トップスターショー・歌ある限り』が受けなかったことが原因となっているそうです。満を辞して始めた番組だったのかもしれませんが、必ずしも売れると思ったものが売れるわけがないというちょっと悲しい状況だったわけです。今でもよくありますが、テレビ局が意気込みを見せるくらいに張り切って放送開始したとしても売れない番組、現代でもたまぁに見かけることがあります。そういった作品は決まっていつの間にか終わっているという風に認識してしまうので、見ていたはずなのに忘れてしまうことなど頻繁にありますしね、そんな大衆の注目を集めることが出来なかったのです。ちなみにその前番組で司会を担当していたのは久米さんだったわけです、そしてその作品を最後に音楽番組からの司会から足を洗おうとしたのですが引き受けることになります。

何故引き受けることになったのかは、それは黒柳さんの存在がとても大きな影響を及ぼすことになり久米さんにもう一度音楽番組の司会をするという意識をむけられることになるきっかけとなったのです。久米さんも張り切って司会を受けることになったわけですが、当初は黒柳さんは久米さんのことをアナウンサーだとは知らず、太ったコメディアンの人だと認識していたそうです。知らないのは致し方ないとしても、アナウンサーなのにコメディアンだと勘違いされてしまうのは少々悲しいですね。そんな黒柳さんと司会を出来るということはそれだけ久米さんからしても利点の大きいものだったということに他ならないのかもしれませんが、ここに実はスケジュール的なものがクリアされていれば今ではあの超大物俳優『西田敏行』さんも司会の一人として抜擢される予定だったというのです。結果的に都合がつかなかったため出ること叶わず、久米さんと黒柳さんの二人体制で番組はスタートすることになります。

元々はランキング重視ではなかった

ベストテンの特徴はランキング重視の番組編成に魅力があります、このランキングも売り上げは勿論有線やラジオリクエストといったものを総合的に統計して算出する形式をとったことで番組が一躍人気となるわけですが、この意見に対して当初は製作部長としては好意的に受け入れたのですがベテランスタッフがこの意見から真っ向から対立をすることになります。ベテランが出した番組の主旨はキャスティング重視の番組作りを意識したものにするべきだと案を出したのですが、ここで若者社員も負けじとランキング形式にすれば当時におけるニューミュージックを歌っている人達を紹介できると一歩も譲る気もなかったのです。

こうした緊迫した中で、番組は本来スタートするはずだった日時から三ヶ月ほどずれ込んでしまう結果となってしまいましたが、内容はランキング形式を採用したことにより一躍当時の人気音楽番組としての地位を築き上げることに成功したのです。

第一回放送こそ

製作からトラブルに見舞われることになったこちらの番組の初回放送では、期待と不安が入り混じる中放送初日を迎えることになります。初回放送時に発表された音楽ランキングとして、

  • 第1位:UFO/ピンクレディー
  • 第2位:わな/キャンディーズ
  • 第3位:しあわせ芝居/桜田淳子
  • 第4位:わかれうた/中島みゆき
  • 第5位:禁猟区/郷ひろみ
  • 第6位:憎みきれないろくでなし:沢田研二
  • 第7位:ブーツを脱いで朝食を/西城秀樹
  • 第8位:若き旅人/狩人
  • 第9位:泣き虫/清水健太郎
  • 第10位:風の駅/野口五郎

となっています。この当時人気絶頂にあった山口百恵さんの曲が11位にランキングしていたこと、4位にランクインした中島みゆきさんはこの頃から自身のスタンスとしてテレビに出ない姿勢で出演しなかったため、ベテランのスタッフからすればこうなる事は目に見えていたと頭を抱えた人も居ると思います。しかしそれは製作側の言い分であって、視聴者からすれば全く違う意見が飛ぶことになります。それは、この番組で紹介されているランキングが非常に信頼性を帯びているものだという好意的な意見が寄せられたのだ。

どうしてもテレビスタッフ側としては視聴率を気にする必要があるため、数字を取るにはどうしても人気のある旬な芸能人を起用することに躍起になります。ですがそれはあくまでテレビ的な考えで一般的には見たくもない人を見たいと思うほど寛容な心を持っている人はいないのです。それは音楽番組においてもランキングといっておきながら今時で言うならゴリ押しをしているアーティストを見たいと感じる人は非常に少数だということになるのです。

また司会の黒柳さんも司会をする上では、ランキング形式を採用するのであればきちんと正直なものでランキングを決めてくれとのお達しも出すほどだったのです。おまけに不正にランキングを操作していないかどうかを確認するために、黒柳さん自身もランキング100位までを毎回必ず確認するほどの徹底振りを見せたのです。これにはスタッフも頭が上がりませんね。こうした司会の黒柳さんの後押しも会ったことで番組は一躍脚光を浴びることになるのです。この瞬間、ベストテンという番組と久米さんと黒柳さんの司会者としての道が切り開かれることになるのです。